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西区己斐

Author:西区己斐
芸大生の手記です。
てかまんま絵日記。
写大と高幡不動よりお届け。
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或はささやかな同人生活。
或は……………

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Ohm Sweet Ohm

思い出せば3/12の午前中まで私は、まだまだ楽観視していたのかもしれない。
11日夜の火に包まれる気仙沼の姿は確かに恐ろしかったが、序の口だった。
むしろ身近な話題として首都圏交通大混乱が気掛りであった。
昨年実施したばかりの駅前滞留者対策訓練が果たして生かされたのだろうか、という。
ところが15時頃、朝から付けっぱなしのTVが福島第一原発を映しだした瞬間そんなことはどうでもよくなった。

-信じられるか? 仮にも原発の建屋が爆散...そう、爆散したんだぜ?
ショックだった。
下手したら人生とか死生観さえねじ曲げそうなくらい衝撃的だった。

折しも弟が外出していたので直ちに放射性降下物に注意し帰宅せよと連絡した。
そう、放射性降下物。原発から約200kmあるから暫くは大丈夫だとは思ったけど。
なにせ何が起こったのかわからない。そもそも東電はすぐ教えてくれるような連中じゃないとも思っていたし。
報道さえ全く何が起こったのか誰も知らかったのだろう。
だがNHKでさえ屋内へ避難を勧めているくらいだからその混乱や計り知れなかった。

そんな中、私にとって確実なのは軽い絶望を感じたくらいだ。

頭の中ではkraftwerkの「Radioactivity」が鳴りまくっていた。
...あーヒロシマの次はフクシマだったか...なんて。

今にもチェレンコフ光に包まれるような気がしてきたので発散すべく控えめに体を動かす。
とりあえず水を汲んだり、簡易シェルター作製に備えた。

内心やりすぎだとも思ったが、空振りに終わって後悔するくらいなら構わぬと考えた。
なんとなく、あれは核爆発ではないとは考えていたけどね。

もちろんご存知の通り、実際はバンバン放射性降下物が降ってくるような事態じゃなかった。
でも12日21時頃の枝野の会見を見ても安心しなかった。
むしろ休息をとってない、やつれた枝野が玉の汗を流してるのでマズイな、とも思った。

実際、14日に再び爆発があったときは「あぁやっぱりね」、と。
計画停電が始まると、もはや戦時中かの如き様相に思えて仕方なかった。
...まるで灯火管制だ。

とまぁ、振り返ってみてもまだ事態は進行しているのでヨカッタヨカッタと締めくくれない。
派手に爆発したわりには幸いにも、と言えるくらいだったように思う。
その後放射線が食品や水道水から検出されたとはいえ差し当たって大した数値でもなく僕は気にしていない。
というか仮にも日本はだ、1945年に広島と長崎が殺意を持った核兵器に襲われても
生き残った人々が苦しみながらも生き延びられたことを考えたらまだまだ大丈夫だと勇気を持っていい。
原発と核兵器は大違いだし事故と攻撃は同列には並べられないけど…
でも絶望したり悲観する事は無いんだ。(どうせ廃炉まで何年もかかるだろうしな)

…そしてプルトニウムが漏れたね。原子炉の物質が外部へ出ちゃった。
残念でした。
あと「ただちに影響を及ぼす」という言い回しはそろそろ止めたらどうだろう。
「ただちに影響を及ぼさない量」も一ヶ月、ちりも積もればなんとやら?
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